FOUNDER

プロフィール・略歴

YASUNA

Food Communicaition代表
YASUNA

奈良県生まれ。

2011年アメリカへ短期留学。「食は世界をつなぐ最強のコミュニケーションツール」だと感激。それ以来、「食」がライフワークとなる。

2016年カナダで日本の家庭料理教室「YASUNA COOKING」を主宰。
食を通した国際交流をスタートする。

2017年株式会社クリエイト・レストランツ・ホールディングスで新業態開発とマーケティングに従事。その後、新規事業開発支援会社で、食以外の業界にも知見を広げる。

2023年独立し、拠点を地域へ。商品の企画開発、ブランディング、フードツーリズム企画、海外企業の視察コーディネートなどを手がける。フィールドワーク「やすなの食探検🔍」で国内外の作り手を訪ね、発信している。

2025年15年の歩みの集大成として、Food Communicationを始動。

  • 令和7・8年度 一般財団法人地域総合整備財団(ふるさと財団)地域再生マネージャー
  • 令和8年度 魚津市まちづくりアイデア実現事業補助金 採択

MESSAGE

食で人と人がつながる。
その喜びを世界に届けたい。

これまで私は、国内外でさまざまな人と食卓を囲んできました。 はじまりは、2011年アメリカ。 出会って間もない語学学校のクラスメイトとの食事会でした。 私は緊張でいっぱいでしたが、料理が運ばれてくると、自然と笑顔になり会話が生まれました。 それから、旅先でも様々な人々と一緒に食事をしてきました。

いつも思い出に残っているのは、各地で出会った人々との思い出です。 言葉や育った国が違っても、同じ食卓を囲めば自然と会話が生まれ、心が通じ合う。 そんな経験の数々が、私の世界を広げ、人生の選択肢を増やしてくれました。

この感動を届けたい。 人と社会、そして世界に、よりよいつながりと循環が生まれるきっかけを各地でつくりたい。 そして、その先に、私たちが抱えるいくつもの社会問題を解く糸口があると、私は信じています。 その可能性を広げていくために、さまざまな領域の方々と共に取り組みを進めていきたいと考えています。

食を通じて、よりよい社会に! 世界のあちこちで、Food Communicationという声が聞こえてくる、そのときを目指して。

YASUNA

STORY

Founder Story

私の人生は、人との出会いによって広がってきた。

人生をふり返ると、いつも人との出会いが、世界を広げ、人生を広げてくれました。そして、そのそばには、いつもコミュニケーションツールになる「食」がありました。
交流の間に「食」があることで、世代も、仕事も、暮らしもまったく違う人たちとも会話のきっかけが生まれ、
共に食事をする中で、新しく多くのことを知り、価値観も大きくアップデートしてきました。国内、海外での様々な経験、葛藤、その中から生まれた気づきが、Food Communicationの礎になっています。

Founder Story 01 アメリカ・ニューヨーク すべての始まりは2011年

緊張をほどいてくれた、マンハッタンのお寿司屋さん

2011年、2か月の短期留学で訪れたアメリカ・ニューヨーク。
到着して数日後、世界各国から集まったクラスメイトが歓迎会を開いてくれました。
場所は、マンハッタンにあるお寿司屋さん。
私にとって初めてのアメリカスタイルの寿司レストランでした。

国籍も、言葉も、文化も、年齢も違う人たちに囲まれて、私はすっかり緊張していました。
やがて料理が運ばれてきて、食事を始めると、
みんなが笑顔になり、少しずつ緊張がほどけていきました。

「私の国にも、こんな料理があるよ」
「これは私の国の料理とも似ているね」
「日本のお寿司も、こんな味なの?」

味噌汁を5回もおかわりする友人に
「日本では、何杯もおかわりはしないよ」と笑ったり。

食をきっかけに、自分の国のことを伝え合い、相手の国のことを知る。
その時間が、とても新鮮でした。
「おいしいね」と分かち合う、その幸せな時間に、私は大感激したのです。

食は、世界を知るゲートウェイ


食には、その国や地域の文化や暮らしが詰まっています。
食は、世界をつなぐ最強のコミュニケーションツールであり、
その国や地域のことを知るゲートウェイにもなるのです。

このニューヨークでの出来事が、私の人生のターニングポイントです。
ここから、すべてがスタートしました。

Founder Story 02 カナダ・トロント 日本の食文化を知らないのは私の方。

それって日本食?

ニューヨークで出会った友人たちは、日本食を大絶賛してくれました。
「日本が大好き」「お寿司が大好き」と言ってくれて、
私は誇らしく、とてもうれしく思いました。
しかし、よく話を聞いてみると、彼らが好きだという日本食やお寿司は、
アメリカやそれぞれの母国で、現地の好みにアレンジされたものばかり。

日本で私たちが食べている味とは、全く違うものでした。

こんなに日本の料理が好きだと言ってくれているのに...
うれしい反面、正直ショックでした。
いつか海外で、私たちが普段食べている日本の味を、海外の人に伝えよう。
そう心に決めた出来事でした。

プロではない、私だからできること

2016年、ワーキングホリデーでカナダ・トロントへ渡りました。
目的は日本の家庭料理教室を開くこと。
現地では「YASUNA COOKING」を主宰し、食を通した国際交流を始めました。
私はプロの料理人ではありません。
だからこそ、プロではない私にできることは何かを考えました。
そこで思いついたのが、「家庭料理」です。

日本人だって、毎日お寿司や天ぷらを食べているわけではありません。ごはんとお味噌汁と、おかず。
日本の家庭で日々食べられている、「いつものごはん」には、
レストランでは味わえない、日本の暮らしや文化が詰まっていると思ったのです。

答えられない質問がいっぱい

日本人なら疑問にも思ったことがないような質問が、たくさん飛んできました。

「醤油はどんな場所で作っているの?」
「どうやったら、自分好みの味のものが買える?」

ネットで調べれば、調味料の原料やつくり方はわかります。
しかし、どんな場所で、どんな道具や設備を使って製造しているのか。
土地ごとにどんな違いがあるのか。
当時の私は、それらの製造現場へ行ったことがなく、
それ以上の話ができませんでした。

日本の食を伝えたいと言いながら、日本のことを何も知りませんでした。

今なら、背丈を超える大きな木桶で仕込む醤油蔵の話ができます。
その木桶をつくれる職人が少なくなっていることも。
そう話せるのは、自分の足で作り手を訪ねてきたから。
現場に足を運び、この目で確かめてこそ、わかることがある。
トロントでの悔しさが、「やすなの食探検🔍」の始まりでした。

当たり前の暮らしは、誰かにとって価値がある

そして、トロントではもうひとつ、大きな気づきがありました。
海外に日本食レストランはたくさんあっても、日本の家庭料理は、
日本人とのつながりがなければ食べる機会がありません。
お金を払っても味わえない、特別なものなのです。

自分にとっては何気ない毎日のごはんや暮らしが、
誰かにとっては新しい世界への入り口になる。
それぞれが持っている知恵や経験が、誰かの価値になり、
社会との新たな接点を生み出していく。
そんな無限の可能性をトロントで実感しました。

Founder Story 03 日本・東京 誰かと、集える場所があるということ。

東京で選んだのは、60人が暮らすシェアハウス

カナダから帰国して、都内で仕事を始めました。
東京に住むのは初めて。東京に住む友人も少なかったので、
60人が暮らす巨大なシェアハウスに住むことにしました。

仕事から帰ると、キッチンやリビングにはいつも誰かがいて
「おかえり」と声をかけてくれる。一緒にご飯を食べたり、話をしたり。
寂しさとは無縁の、とても充実した毎日でした。

違いを結びつけてくれる食卓

シェアハウスには、年齢も、仕事も、育ってきた環境も
まったく違う人たちが暮らしていました。

同じ日本人で、年齢も近いのに、こんなにも違った人生を歩んでいるのか。
考え方や見える世界も、人それぞれ違って当然だよね。
共同生活は気づきと学びの連続でした。
普段ならきっと接点のない住人どうしも、
一緒にご飯を食べて話すうちに、距離が縮まっていく。

歓迎会やパーティーでは、テーブルいっぱいに手料理が並び、まるで大家族の食卓でした。
特別なことをしなくても、一緒にご飯を食べるだけで、
自然とつながりが生まれていきました。

誰かと一緒に食事を囲むことの温かさ

その後、東京で一人暮らしを始めて、
誰かと一緒にご飯を食べることのありがたさに、あらためて気づきました。
ちょうどコロナ禍。まるで社会から隔離されたように感じることもありました。
身近に、知った顔がある。一緒にご飯を食べられる人がいる。
そのことが、心の健康まで支えてくれるのだと気付かされました。

Founder Story 04 日本・東京 買い物は投票・食は健康への投資

食の仕事が大好きだった私に起きた、身体の変化

東京では、外食企業で自社の新業態開発を担当していました。
日々トレンドを追いかけて、話題のお店に行き、勉強のために色々と食べる。
食べることも、仕事も大好きで、とても充実した毎日でした。
しかし、そのうち体重が増え、身体にも不調が出始めました。
当時の私は、食事の内容に関しては無関心。

友人が「食べるものと運動は、とても大事だよ」と話しているのを聞いて
その言葉が、強く印象に残りました。

外食が減って、身体が変わり始めた

コロナで外食をする機会がなくなり、食事の質にこだわりはじめました。
食生活を見直すと、 体調や肌の状態が良くなり、自然と体重も落ちていきました。

「日々食べているものが、自分の身体をつくっている」

よく聞く言葉を、初めて実感しました。
そして、「食は、健康への投資」だとさえ思うようになりました。

一冊の本が教えてくれた、食卓の向こう側

その頃に出会ったのが、「グランドフードホール」のオーナー岩城紀子さんの
『裏を見て「おいしい」を買う習慣』という本です。

日本には、昔ながらの製法で大切につくられている食品や、
地域で受け継がれてきた商品や食文化がある。
一方で、後継者不足や価格競争に巻き込まれ事業を続けられない危機があるなど、
さまざまな課題に直面していることを知りました。

買い物という投票が、日本の未来をつくる

私たち日本人が、日々の暮らしの中で、何を選び、何を食べるか。
それは、自分の身体をつくるだけではなく、
日本の食文化を未来へ繋いでいくことにもつながっている。
毎日の小さな買い物が、日本の食文化を守る
一歩になるのだと考えるようになりました。

トロントでの悔しさが、もう一度よみがえる

そして、ここでふと思い出したのです。
カナダにいた頃、日本人なのに日本のことを何も知らない自分に気づき、

「日本人の私こそ、もっと日本のことを知らなくては」 と思っていたことを。

まずは自分で、日本の食の生産現場を見に行こう。
どんな場所で、 どんな人が、 どんな想いやこだわりをもって製造しているのか。
自分の目で見て、話を聞いて、味わってみたい。

その思いが、日本各地を訪ねる「やすなの食探検🔍」へとつながっていきました。

Founder Story 05 旅先で 人との出会いが、また行きたくなる場所をつくる

国内外を旅する中で、食を通して人と出会うことが、何度もありました。
なかでも強く印象に残っているのが、広島での出来事です。

広島での、国境をこえたつながりの輪

広島旅行の際、居酒屋でたまたま隣になった外国人旅行者と話をはじめました。
そうしているうちに、少しずつ人が集まってきました。 広島に住んでいる人、日本人の旅行者、海外の旅行者。
気がつけば、10人ほどが同じテーブルを囲んでいました。

みんなが英語を話せるわけでもありませんでしたが、 その場はとても楽しいものでした。
日本に来て、日本人と話してみたいと思っていたけど、
こんなふうに日本人と一緒に食事をして、日本の文化を楽しめるなんて思っていなかった。 「こんな素敵な思い出ができて、本当にうれしい」 そう何度も、海外からの旅行者が伝えてくれました。
私自身、その言葉を聞いてうれしかったし、私も心から同じ時間を楽しんでいました。

つながりはイキイキ・ドキドキをうみだす材料

ほかにも退職してから農業を始められた農家さんを訪ねた時のこと。「これまでの人生で出会うことがない職業や年齢、人生を 歩む人が来てくれて、毎日ドキドキするねん!毎日が楽しい。」ととびっきりの笑顔でお話されていた様子がとても印象に残っています。私自身もある研修で滞在した富山県の方々と強い繋がりができ、その後も継続して多い時は1ヶ月に1回訪問しています。行くたびに、「おかえり〜」と言ってくれる人がいる場所が増えました。

また会いたい人がいる場所・何度も訪れたい場所になる

広島で出会った外国人旅行者の一人は、その時間が忘れられないと2か月後に再来日。私自身も、富山県をはじめつながりができた場所には何度も訪問しています。最近よく行政・観光の指標に「関係人口を増やす」というものがありますが、最も効果があるのは、「その地に人とのつながりができ、会いに行く人がいること」、つまり人とのつながりあってこそだと思うのです。 私は、人との出会いや思い出によって、単なる旅先が
「また会いたい人がいる場所・何度も訪れたい場所」に変わる、そのように考えています。

Founder Story 06 15年の集大成 集大成であり、同時に、私にとってのスタートライン。

出会いが、私の世界を広げてくれた

振り返ってみると、私の人生は、人との出会いやつながりによって広がってきました。
すべてのスタートは、2011年にアメリカ・ニューヨーク。
その後、カナダ、東京、そして日本各地や海外で、
さまざまな人と出会い、それぞれの暮らしや人生に触れてきました。
その出会いがあったからこそ、私は知らない世界を知ることができました。
そして、自分の中に新しい選択肢も増えていきました。

もし私が、生まれ育った同じ場所でずっと暮らしていたら、
Food Communicationという考えにはたどり着かなかったはずです。

今度は、私がきっかけをつくる側に

私は幸い、外に出る機会に恵まれました。
しかし、そのチャンスや経験は誰にでもあるわけではありません。
ふだんの生活では接点がない人や物事に触れ、人と社会とつながる。
その中で、一人ひとりが自分の力を発揮できる場所や機会にも、巡り合えるのだと思います。

私自身、人との出会いによって世界を広げてきました。だからこそ今度は、そのきっかけをつくる側になりたい。
日本だけではなく、世界各国で。

食を通して、人と社会、そして世界がつながる。
そこで生まれる出会いが、一人ひとりの人生をより豊かにしていく。
そう願って、これまでの経験を、Food Communicationとして広げていきます。

集大成であり、ここからがスタートライン

Food Communicationは、私にとって15年間の経験の集大成です。
そして、ここからがスタートラインです。

これまでの歩みを、どのように社会に活かしていけるのか。
そこから、人と社会にどんな変化が生まれるのか。
私自身も、まだわからないことばかりです。
だからこそ、さまざまな人と知見を持ち寄り、研究と実践を重ねながら、
食を通した新しいコミュニケーションのかたちを確立したいと考えています。

誰もが自分らしい人生を描き、社会とつながる。
その先で、よりよい世界になっていく。
そんな未来を、一緒につくっていきます。

Food for Well-being

食を通して、人と社会、そして世界をつなぐ。
一人ひとりのつながりの先に、平和があると信じています。

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